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さわやかな出会いー義家弘介先生
忘れられない出会いはあるものだ。
すがすがしいきもちを残したさわやかな出会いがある。
ヤンキー先生こと、義家弘介先生だ。
ある人を通じて紹介され、東京で食事を共にした。

当時 、私は勤めていた大学の教育改革に取り組んでいた。義家先生は教諭として勤めていた北海道、余市高校から横浜市の教育委員に就任されたばかりであった。
小中学校の現状や教育委員会の問題などお聞きする中で、大学教育の問題に話がおよぶと、彼は「僕、行きますよ。ガツンと一発、大学を変えましょう」。
私は耳を疑った。超売れっ子のヤンキー先生が、本当に福岡まで来てくれるのだろうか。
しばらくして「○月○日に行く」との返事。その日まで2週間しかない。当日まで準備、宣伝に走りまわって迎えた当日。会場は超満員の参加者で埋め尽くされた。

講演のタイトルは「ヤンキー先生、○○大学を斬る!」

驚いたのは参加者の数だけではない。8割を超えるアンケート高回収率の上に、「教育に希望を失っていたが、やる気が出た」という現場教師や、「いじめにあっていたけど、もう負けません。明日から学校に行きます」という不登校生。自由記述欄には小中学生から定年後の教師経験者まで、びっしりと感想が書き込まれていた。

彼の魅力は、ただドラマになった話題性ではない。不良から立ち直り、生き直しの人生から得た教育観、人生観が聴衆の胸を打ち、勇気を与えるのだ。
実はこの時、彼は講演料を受け取ってくれなかった。「ぼくは自分から来ると言ったんです」と頑として受け取らない。押し問答の末、そのお金は、地元でボランティア活動をしている青年の支援金にすることで決着した。

後で知人から聞いたところによると、たくさんの講演予定の合間をぬって、内緒できてくれたのだという。義家先生、本当にありがとうございました。先生の正義感に脱帽です。
翌年、安部内閣のもと、教育再生会議の室長に就任された。

当時、私が所属していた日本看護連盟機関紙の編集長をつとめていた私は、先生の教育に対する熱い思いをインタビューさせていただいた。
(内閣官房教育再生会議室長 義家弘介 「教育を熱く語る!」"アンフィニ"2007 夏号p.34-p.37)

後日談になるが、この時には、まさか同じ選挙で戦うお相手になろうなどとは夢にも思っていなかった。
NHKの政見放送収録時に「びっくりしましたよ。先生が立候補なさるなんて」と言うと、「僕自身が一番びっくりしています。でも誰かがやらなきゃいけないことですから」と語る彼の言葉には、教育再生を実現するための大きな決意が感じられた。
めでたく、先の参議員選挙で当選され今は国会議員として、文字通り、教育再生に取り組んでおられる。
先生のすがすがしい情熱で日本の子どもたちの未来を変えて頂きたい。

心より応援している。
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