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「恩師 山西みな子先生との出会い」
私の人生にとって最も影響のあった出会いといえば、やはり助産師として、看護職としての恩師、山西みな子先生との出会いである。

山西みな子先生は、桶谷式マッサージの創始者である桶谷そとみ姉に師事したのち、桶谷式乳房管理法の理論化と普及に努め、自らも東京中野区で自然育児相談所を開設され、2万人以上の母子のケアにあたられた。
おっぱいが出ない、痛い、吸えない、といった母乳育児相談のほか、食物アレルギーの父、松村達夫先生と共に、母乳育児、食養生を通してアトピー体質を克服し、丈夫な体質をつくる「自然育児法」を広められた。

母乳育児、自然育児法の理念はやがて統合されてTotal Breastfeeding(総合母乳育児)として大成された。
山西先生やその弟子のケアを受けた母親たちは、この理念を子育ての指針とし、母親たちによる自助グループ「自然育児友の会」を発足させた。
「自然育児友の会」は、日本全国のみならず、世界中に会員を持つNPO組織に発展し、一昨年の愛知万博「地球市民村」では、海外のNPOと共同して、1ヶ月間のブースを運営するまでの組織に発展している。
母親達が母乳育児をとおして母子の絆を深め、食育や手当て法による自然治癒力、自らのからだ、子どもののびゆく力への目覚めを体験した母親達のパワーは、私達専門家の力、働きを超えた広がりをもつ。

共同したアメリカのNPO: Attachment Parenting Internationalが提唱する「愛着に満ちた子育て」の源泉は、実は、戦争直後の沖縄で目にした日本の伝統的な子育ての中に見たおんぶや添い寝、母乳育児といった子育ての基本を、アメリカ人小児科医が本国に持ち帰って広めた子育て指針であったという事実に驚かされた。
どんなに文化が違っても、社会が変化しても変わらない、失ってはならない、「ヒトが人として育つ」ための道筋を私達に示して下さった山西みな子先生のコンセプトは、師の手当て受けた母親達の活動によって、海外へも広がっている。

山西先生は『手と目』を使った『癒しの看護』の大切さをいつも強調されていた。
「ケアによって針の先ほどの痛みも与えてはならない。痛いのを我慢させるような乳房ケアは看護暴力である」。

専門職の知と技にこだわるとともに、だれにでもできるリラクゼーションテクニック”手をあてることの癒しの力”を私たちに教えてくださった。先生のケアによってどれだけの母子が救われただろう。先生の知識と技術を受け継いだ看護職たちがどれだけ力を与えられただろう。
ここに先生の遺された「看護のこころ」を紹介する。
山西先生は、2006年2月14日、病の床にいる知人を見舞い、癒しの手当てを施されたその晩、ご自宅で眠るように永眠された。
自らも死と隣り合わせの病を抱えながら、最後まで「看護職」であることを貫かれ、なくなられるその日まで、看護を全うされた人生であった。
(ペリネイタルケアに掲載された追悼文)
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